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大人(タイジン)、王 子良(オウ シリョウ)氏の事
王子良氏・ ・貿易・宝石商・・中国籍、戦後日本の恩人・・享年92歳.
「知られざる偉人 コーナー」
どんな人   

戦後の中国大陸に沢山の日本人が取り残されました。
飢餓に苦しみ、絶望の淵を彷徨う人々の群・・群・・群。

その日本人を、
死刑覚悟で、莫大な私財を全て投げ出し、救った人。


無一文から築き上げた私財は、軽く1兆円を超えていたようです(本人談)。


生き方

 マスコミの取材は一切拒否。
 だから、関係者以外は全く無名人。

 実は2回ほど、テレビ局がドキュメントを、という話がありました。
 王氏は、即、断りました。

 俺が有名になってどうなるんだ。
 過去のことは、その時の人の胸に生きていればいいのさ。
 静かに静かに、生活できればそれが一番。 
 そして、ソーッと死んでいく。
 皆は、(私が)生きている、と思っていれば、それでいいんだよ。

 
日本人の感謝の表れ?

昭和29年9月、小原直法務大臣に嘆願書が提出されました。

不法入国した若き中国人男性2名に対して、
強制送還は避け、日本国内に居住できるよう取り計らって欲しい,

と言う内容でした。

嘆願書を作成したのは、
戦後中国大陸にて、死と直面しつつ、奇跡的に九死に 一生を得た人々でした。
嘆願書には、如何にして救われたか、その実体験が綴られていました。
その中には、違法者を取締るべき警察の上層幹部の方も含まれていました。

その奇跡の実現に奔走したのが、王子良氏です。
若き中国人男性2名は、その息子さんでした。

王子良氏が如何にして日本人を救ったか、
嘆願書に記載されている記事から少 し抜粋して要約した内容を記載します。

救われた人たちの実況報告

(その1)

戦後の昭和20年、中国、上海のアチコチの日本人居住地区において、
財産を没収されて、その日の食料にも困る日本人で溢れていました。

中国人は、立入禁止の地域です。

王子良氏は、食料、衣料を満載したトラックで、各居住地区に何度も何度も乗 り入れました。
10歳前後の男の子二人が手伝っておりました。

一方で、無事日本に帰還できるよう、各方面に働きかけをしてくれました。
戦後、その地域に沢山いた親日家の中国人は、王子良氏以外は皆豹変 したそうです。



(その2)

数百名の日本人を乗せ、抗州から上海への引揚列車を、途中の鉄橋で爆破する計画がありました。
その事を知らされた王子良氏は、直ちに、列車の乗務員に手を打ちました。

出発時、爆破計画を知っている数名の幹部は、

「途中何が起こっても、日本人としてのプライドをもって対処しよう。」

それだけを全員に言って、列車に乗り込みました。
爆破計画の事は伏せていまし た。

猛スピードで邁進する列車が鉄橋を通過しました。
3分もしないうち、鉄橋は一大 音響と共に爆破しました。

幹部数名は抱き合って泣き、王子良氏のいる上海に向かって伏し拝みました。


(その3)

それまで使用していた中国人数十名に拉致監禁された社長がいました。
監禁された場所は、日本人は絶対いけない場所です。

退職金と米を要求され、3日3晩責立てられました。
その間与えられた食料は、パン1斤と、コップ一杯の水だけでした。
このまま死ぬかもしれない、という恐怖感に包まれました。

4日目の朝、王子良氏がその場に突然あらわれ、救出してくれました。
その社長が行方不明、という事で、手分けして探した模様でした。

相当のお金を使ったはずであり、そのことを聞いた処、

「たいした事ではありませんよ。貴方と私は友達です。」

死刑判決の情報提供者

確か2月の初め。
行きつけの大飯店で、大勢の社員と夕食の真っ最中。
知り合いの男性が駆けつけ、
「王さん、あんた2〜3日中に捕まって、4月に死刑になるよ。」
「ほい分った、ありがとう。」

その場から、まっすぐ台湾に逃れました。
台湾から奥さんに電話。
デパートや発電所まで持っていましたが、一切放棄。
そして、日本に来た、という事です。

知り合いの男性は、裁判所の職員でした。
彼の独断か、上層部の暗黙の指示か。

晩年の王子良氏・・住い

晩年、王子良氏 は、JR線町田駅数分のところ、1階が居酒屋「養老の滝」があるビルの5階に住んで いました。
(中国では、日本人を助けた
奸漢、という事で、死刑判決を受けていました。)
部屋は、4畳半です。
そこは、ビルのオーナ−(故人)が、無償で提供していました。
身の回りの世話は、「養老の滝」店長夫妻がしていました。
特に奥さんは、実の娘か孫のように、よーく行届いたお世話をしていました。

ある日、私は聞きました。
「何故、日本人を助けたのですか?」
「手の届く処に困っている人がいた。偶々、その人達が日本人だっただけさ。」


晩年の王子良氏・・生活費

 晩年の王氏は、
 宝石(裸石)を仕入れ、自分でデザインした宝飾品を、
 知人等に売り、細々と生活していました。

 死ぬ寸前まで、経済的な余裕なんてありませんでした。
 収入があれば、人助けと、ほんの少々宝石仕入れに回してしまいます。
 
 だから、80歳過ぎても、いつも苦しい。
 でも、その経済的苦しみを楽しんでました。

 月末、
 「いやあ、苦しかった。・・・・・。なんとか乗り切ったよ。」
 嬉しそうな笑顔はキラキラとし、宝石の何百倍も美しく輝いて見えました。

 良く言ってました。
 「起った事は、どんな苦しい事でも楽しむもんだよ。」


 ひょっとしたら、自分に下された死刑判決も、楽しんでいたのかも知れません。
 私などは、とても理解できない、深い深い心境の奥の明るく静かな、輝くテラスで・・。

王子良氏が私に言った言葉の一部です。
「人生は綺麗な道をつくること→生きている事は元値がある」
「人間、愛情があれば何でもできる」
「大金は、心を大きくすれば入ってくる」
「すべての人を大切にすれば福は来る」
「行動する前に考えるだけ考えろ、→決めたらふらつくな=途中で変るな」
「信用は元値、人気は資本金」
「見えないものを見ろ、感じでつかめ」
「正しい人とのみ付き合え」
「騙した人を恨むな、憎むな。ただ、その事実だけはしっかり覚えておけ。」
「損得計算をする前にまず仕事は片づける事が先決
               →目標は仕事、お金はその後に考えろ」
「仕事は真っ赤に燃えた火の玉でいけ」
「人へのサービスは、その人に用のない時にしろ」
「熱いものはものになる。、冷たいものはダメ」
「敵は作るな→敵は私を成功させる腕はないが失敗させる腕がある」
「今日は(心が)豊かです、明日も豊かです、永遠に豊かです」
「他より特長をもて→安定→信用がつく」
・・・
王子良氏が死んだ所と遺骨の一部の埋葬方法。

京浜急行「黄金町」駅そばの《有馬病院》で亡くなりました。
《有馬病院》の院長ご家族は、王子良氏とは大の仲良し。
入院しても、一切費用は請求しませんでした。

王氏専用の看護婦さんをつけてくれました。
日本人として、感謝の気持ちを表したのでしょう。

死んだ時の預金残高20数万円。
最後まで、自分以外の人の事を心配していました。

遺骨の3分の1を、王子良氏との約束通り、中国に近い長崎の海に沈めました。
遺骨は、水溶性の紙に包みました。
海の汚染にならないように、
「紙に包んで、たのむよ。」と言われていました。

「会長、大丈夫、チャント紙に包むから。」
「そうかい、それで安心だ。ハッハッハツ。」

忘れられない銀行員

王氏が亡くなった後、預金をおろしにA都市銀行の町田支店に行きました。
事情を説明しました。
相続人は、中国にもいます。
日本の正規手続きを踏むことは不可能、ということも。

担当の男性行員は暫く考えていました。
「分りました。」
全額(20数万円)おろすことができました。
今でも、時々、あの行員さんを思い出します。
今でも感謝しています。

ありがとうございました。

王子良氏が郷里の田舎から大都会上海に向う途中で見た太陽の美しさ!

王氏は18歳の時、郷里を離れ、大都会「上海」に向いました。
殆ど無一文。

今でもはっきり覚えているよ。
田舎を出る時に見た太陽、何とも言えない美しさだった。
あんな美しい太陽は、あの時一度きり。
そのあと、何度見ても、同じ太陽なのに、あの感動はないんだよ。


王氏の人生のなかで、非常に重要な意味を持つ「出会い」だったようです。

王子良氏が巨万の富を築くキッカケ。

取引先の従業員が、総額\7000万円相当の宝石を、王子良氏のところから持ち逃げしました。
(※持ち逃げされたのは、戦前の話ですが、今(この話を聞いた昭和60年頃)の金額にすれば、
¥7000万円位かなあ、ということでした。

王子良氏は、その会社に行き、社長に面談しました。
「その宝石については、キッパリ諦める。
但し、条件がある。お前さんもその従業員を決して追わない事。放っておけ。」

数年後、とんでもないビジネスビックチャンスが、その社長からもたらされました。
世界中から上海に入ってくる「金」を一手に扱うビジネスでした。

(戦前のことですが)
王氏は、日本に遊びにきていました。
新宿の(I)デパートの前を、友人と通りました。
友人は、そのデパートの1ケ月の売上金額をいいました。
黙って聞きながら、
・・・・・・俺の1日の売上高のほうが多いなぁ。・・・・・・・

王子良氏上海事務所での朝の日課

王氏の上海事務所の前には、毎朝行列ができました。

朝の一定時間、王氏は、その人達と面談します。
皆、お金がなぜ必要か訴えます。
じっと話を聞いた王氏は、机の引出をあけます。
お金の入った封筒がぎっしりと入っています。
金額は、3種類に分けています。
その一つをとって渡します。
話の真偽の詮索はしません。

中国の、本当の大人(タイジン)とは、そうしたもののようです。

(この話は、王氏を良く知る人から聞きました。)

(管理人の発見)

3種類の金額は、困った内容の規模で区分していると長年思っていました。
最近、それは違うかも、という発見です。

本当に困っている人、
困っているが差し迫っていない人、
困ってはいないが、困っている素振りをして、貰えるお金は貰っておこう、という人、

恐らく、この区分けのような気がしてきました。(H19,11以降)

中国の大人(タイジン)は、騙されるのを知って騙されたようです。

王氏に救われる

バブルの頃、私は幼馴染と数十年ぶりに(偶然?)会いました。
彼は、同郷です。
田舎で大きく展開していた事業に失敗した事は聞いていました。
気の毒に思ったので、いろいろ奢ったり、多少のお小遣いを面倒見たりしました。

ある日、王氏を紹介しました。

暫くして、王氏に聞かれました。
「彼はどうしている。」
「そういえば、最近パッタリ来ないんですよ。」

王氏は微笑んで、机の抽斗から便箋を取出し、私にみせました。
宝石2個の預り証が書かれ、その友人が書いたものでした。
金額にして、卸値で¥30〜¥40万円くらいです。
私の知らないところでの出来事でした。
びっくりし、責任を感じながら私、
「持逃げ?。」

「それでいいんだよ。もう、お前さんには近づかないだろう。
お前さんはお人好しだから、このままいったら大変なことになる所だった。安いもんさ。」
そうして、思い切り楽しそうに、笑いました。

大人(タイジン)

ある人を通じて、A氏から不動産の相談を受けました。
A氏の事務所に行きました。
会話の流れのなか、大きな、真っ赤な宝石を見せられました。
三越本店で、2億円で展示したことがある、と言います。
その後、渋谷区原宿の土地についての調査依頼を受けました。
微妙に胡散臭いので、曖昧な返事で、その場は帰りました。

王氏に、A氏と宝石のことを話しました。
「あれは俺の石だよ。ちょっと貸してくれって、持っていったきりさ。」

そして、
「あれには絶対に近づくなよ。」

後日、A氏の人物像が分かりました。

推理作家高木彬光氏の小説に「白昼の死角」という小説があります。
天才詐欺師のお話です。
主人公は、東西の実在する詐欺師二人を合体させた、とか。
A氏は、東のモデルと囁かれている人物でした。
しかも、逮捕歴なし。


王子良氏の涙

王氏が(台湾経由で)日本に逃れて来た、という情報は瞬く間に全国に流れました。
沢山の人が、色んな提供をしました。
都心部の土地やビルの提供者もいました。
日本を代表する著名な出版社の社長は、自分の娘をおくりました。
年が20数歳以上も離れており、当初は断りました。
断りきれず、12年一緒に暮らしました。
王さんの生涯で、一番素晴しい女性だった、と言います。
心から愛していたのが、ひしひしと伝わってきます。
(写真を見ましたが、実に綺麗です。)

王氏は、娘さんを説得しました。
もっと若い男性と結婚するように、と。
必ず、自分が先に死ぬので、残して逝くのは可哀想、という考え。
「説得して(嫁に)出すまで12年かかったよ。」
12年間の説得で、やっと他の男性に嫁ぎました。

ある年の1月2日。
王さんから電話。
「美○子が死んだ。」
嗚咽が聞こえます。
鉄壁の意志をもった偉人が激しく慟哭しています。
驚きました。
「こんなことなら、俺のそばにおいて置くのだった。」
92年の生涯で、愛する人の為を想っての唯一の失敗と後悔。
私は、言葉を失いました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(合掌)

王子良氏が尊敬した人物

古代中国の思想家、儒教の創始者「孔子」を、心から尊敬していました。



ある日の会話。
(王氏) 《死んだら孔子さまに逢えるかなあ?》
(私)   《孔子様は2000年以上も前に死んでいるし、立派な人だから、あの世で相当に位の高い神様になっていると思う。(王氏が死んでも)すぐは無理でしょう。》
(王氏) 《そうか。無理か。》
そして、本当にがっかりして、悲しそうな顔をしました。

あわてた私は
《でも、会長(王氏をそう呼んでいました。)が助けた人で亡くなった人が沢山いるでしょう。
みんな、「王(わん)さん、お帰り!」って、会長を出迎えると思いますよ。》
(王氏) 《そうかなあ。》
首を傾げながら、少し嬉しそうな笑顔になりました。

( 管理人は、先祖代々、浄土真宗です。
 特定の新興宗教には属しておりません。
 念のため追記させて頂きます。)


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